
アニメキャラの動き、実世界での再現は可能か
アニメキャラの動き、実世界での再現は可能か
東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 M1 岩田歩
(講義受講時の所属)東京大学 工学部 機械情報工学科 B4
はじめに
アニメは、多くの人を魅了し、今なお高い人気を誇るエンタメのひとつです。魅力的なストーリーや美しい作画に加えて、登場キャラクターたちの印象的な動作(たとえば戦闘シーンなど)は、観る人の心を強く惹きつけます。
子供のころ、人気キャラクターの技やポーズを真似して遊んだ経験がある方も多いのではないでしょうか?近年では、俳優がアニメのキャラクターを演じる「2.5次元舞台」なども注目されており、アニメの世界観を“現実に再現する”試みがますます盛んになっています。
とはいえ、アニメに登場するキャラクターの動きの中には、現実では見られないような、非常にダイナミックで誇張されたものも多く含まれています。一見すると人間が真似できそうでも、実際には身体構造的に不可能なポーズや動作も少なくありません。
本記事では、「アニメに登場するキャラクターの動きは、実際に人間が再現できるのか?」という問いに対して、AIを使った動作分析(姿勢推定)を活用し、実験的に検証を行いました。具体的には、ディズニー映画『モアナと伝説の海』に登場する主人公モアナの父・トゥイの動作を取り上げ、その姿勢が実際に人間の身体で再現可能なのかを分析しています [1]。
こうした取り組みにより、アニメキャラクターの動きを客観的に評価することが可能になれば、たとえば舞台作品などでキャラクターを演じる俳優にとって、再現すべき動作のポイントを具体的に把握する手がかりとなります。動きの「どこを忠実に再現すべきか」といった指針が得られれば、演技の質が向上し、最終的には作品全体の完成度や観客の満足度の向上につながるのではないでしょうか。
目的
アニメキャラクターの動作を姿勢推定AIで分析し、その動きが実際に人間の身体で再現可能なのかを検討することを目的としています。
分析手順
分析は Google Colaboratory 上で実施しました。分析対象としたのは、ディズニー映画『モアナと伝説の海』に登場するキャラクター「モアナの父・トゥイ」が、劇中で披露する踊りの一部(劇中歌「Where You Are」より抜粋)です。使用した映像は、公式がYouTube上で公開している動画です [1]0:23~0:25。
まず、対象キャラクターのみを動画から抽出するために、動画編集アプリ「Filmora [2]」のスマートカットアウト機能を用いて背景除去(前処理)を行いました。これにより、背景の干渉を受けることなく、動作のみを純粋に解析できる状態を整えました。
次に、背景を除去した動画を「MoveNet [3]」というAIモデルに入力し、キャラクターの身体のキーポイント(関節位置)を検出しました。このとき得られた姿勢推定データをもとに、各関節の角度を算出し、時間の経過に伴う変化をグラフで可視化しました。
最後に、可視化した関節角度のデータと、人間の関節可動域を照らし合わせ、「この動きは実際に人間が再現できるのか?」という観点から考察を行いました。
※補足:MoveNetとは?
「MoveNet」は、Google が開発した姿勢推定AIモデルで、人の身体における17か所の主要な関節位置を、高速かつ高精度に検出することができます。リアルタイム処理にも適しており、事前に学習済みのモデルは TensorFlow Hub 上で公開されています [3]。今回はこのモデルを、Google Colaboratory 上で利用しました。
分析の様子・結果
まずは前処理として、動画から背景を除去した様子です。以下は、背景除去の前後を比較した画像です。
次に、背景が除去された動画を姿勢推定AIモデル「MoveNet」に入力し、キャラクターの全身のキーポイント(関節位置)をフレームごとに検出しました。これにより、キャラクターの動きに応じて各関節の位置や角度が時間とともにどのように変化しているかを、視覚的に確認することができます。
続いて、キーポイントデータをもとに、関節ごとの角度を計算し、その時系列変化をグラフとして可視化しました。下図は、肘関節や肩関節、膝関節などの角度が、踊りの動きに応じてどのように変化しているかを示したものです。グラフ内の薄い青色の領域は実世界の人間の標準的な関節可動域を示しており、この後の「実世界の人間による動きの再現可能性」に対する考察を行いやすくしています。
考察
姿勢推定と関節角度のデータから、モアナの父・トゥイの動作姿勢は、人間による再現可能性が高いと判断しました。
とくに注目したのは各関節の可動域との比較です。分析によれば、右肘を除くすべての関節において、アニメキャラクターの動作における角度は、人間の標準的な関節可動域内に収まっていました。
右肘に関しては、一部でやや極端な角度が見られ、人間の関節可動域をわずかに逸脱している場面が確認されました。そのため、関節角度の完全な再現は難しい可能性があります。ただし、その差は誤差とも言える程度であり、動作全体としては大きな問題にはなりません。再現の際に肘をしっかりと伸ばすことを意識することで、全体の動きとしては高い完成度を保つことができると考えられます。
また、分析データからは、動作を上手に真似するためのヒントも見えてきました。
<再現において重要となりそうな身体的ポイント>
- 右肘の柔軟性と瞬発力:広範囲に動く右肘には柔軟性と素早く動かすための筋力が求められる。
- 肘の非対称な動き:左右の肘で動きにズレがあるため、タイミングの習得には練習が必要となる。
- お尻の筋力と下半身の安定性:深く腰を落とす必要があるため、臀部や腿裏の筋力が重要となる。
まとめ・今後の展望
本記事では、姿勢推定AI「MoveNet」を活用し、アニメキャラクターの動きを関節角度という客観的な数値で分析するプログラムの実装に取り組みました。具体的には、ディズニー映画『モアナと伝説の海』に登場するキャラクター「トゥイ」の踊りの動作を対象に、姿勢推定および関節角度の計算を行い、その動きの再現可能性を分析しました。その得られたデータから、トゥイの動きは実世界の人間にとって再現可能性が高いという結論に至りました。
今後の展望としては、まず3次元での姿勢推定と関節角度の解析を視野に入れています。本分析では、2次元平面上での関節角度の計算を用いて再現性を評価しましたが、実際の人間の動作は立体的であり、同じ関節角度でも体の向きや奥行きによって見た目や負荷が大きく変わります。現状の2D解析では、このような奥行き方向の情報が失われてしまっており、より正確な再現性の評価を行うには、3次元空間における関節の回転や身体の姿勢を捉える必要があります。
また、今回の分析は主に「静止した姿勢の再現可能性」を扱っていましたが、キャラクターの動きを現実に再現するためには、動作のスピードや緩急など、時間的な要素も極めて重要です。そのため今後は、関節角度の変化量(角速度)にも着目し、「その速さで動くことが現実の人間にとって可能なのか」「どの程度の筋力や反応速度が必要になるのか」といった観点での評価にも取り組みたいと考えています。
※なお、本記事で使用した姿勢推定AI「MoveNet」を用いた関節角度の検出にあたっては、Axross Recipe に掲載されている以下のレシピを大いに参考にさせていただきました。非常に分かりやすく、実装の際に大変助けられました。
“ Axross Recipe: MoveNetを用いて関節の角度を検出するレシピ [4] “
参考文献
[1] YouTube: Where You Are (From “Moana”/Sing-Along)
https://www.youtube.com/watch?v=RTWhvp_OD6s
[2] Filmora 14
https://filmora.wondershare.jp
[3] MoveNet: 超高速で高性能な姿勢検出モデル
https://www.tensorflow.org/hub/tutorials/movenet?hl=ja
[4] Axross Recipe: MoveNetを用いて関節の角度を検出するレシピ
https://axross-recipe.com/recipes/624