AIで解き明かす音楽カバーアートと時代の空気感 Unraveling the Atmosphere of an Era through Music Cover Art with AI
平本 周
学籍番号37-236430
1.はじめに
カバーアートのデザインは、リリースの話題作りのきっかけになる重要な要素です。ミュージックのオーディオとビジュアルの橋渡しをする役割をもち、優れたデザインはアイコンとして長く記憶されることになります。
iTunesやApple MusicでおなじみのAppleはカバーアートの重要性をこのように訴えています[Apple Inc.
2024]。これは、店頭でCDを選ぶときや、音楽配信サービスで楽曲を探すときにも当てはまり、私たちは目に入ったカバーアートから、その楽曲のイメージを想像して楽曲を聞くか判断しているといえます。カバーアートは、単なる装飾ではなく、音楽のメッセージを視覚的に表現するものと言えるでしょう。一方で、音楽は「歌は世につれ世は歌につれ」ということわざがあるように世相を反映したものと言われています。近年では、歌詞を分析することで、楽曲の発表年代を推定できるという研究結果も報告されています[平井 2020]。これは、歌詞の内容が時代の変化とともに変化していくことを示唆しており、音楽が社会の鏡としての役割を果たしていることを裏付けています。
そこで「カバーアートから社会の変化を読み取ることができないか」という仮説が考えられます。本記事では、日本の人気楽曲のカバーアートとその時代における社会の空気感との関係性を分析した結果について紹介します。
2.データ収集
日本の人気楽曲のカバーアートの収集には以下のソース、ツール等を活用しました。
(ア) Billboard Japan Hot 100
Billboard Japan Hot 100(以下「ビルボード」と表記)は、Billboard JAPANによって発表される日本の音楽チャートであり、複数の指標データを基にして人気の上位100曲の順位を決定、発表しています。ビルボードの特徴は、ラジオ放送、デジタルダウンロード、ストリーミングなど、多種多様な音楽の視聴スタイルをカバーするようランキングが作成されている点にあります。この包括的なアプローチにより、シングル単位の売上高ベースを主に使用してランキングを作成する他の音楽チャートと比較して、社会での流行度をより強く反映したチャートであると評価でき、今回の分析に適切だと考えられます。本研究では、世相の変化をより明確に捉えるため、週間ランキングではなく年間ランキングを使用しました。年間ランキングを選択した理由は以下の通りです:
•データの安定性:週間ランキングは短期的な変動や一時的なトレンドに影響されやすいが、年間ランキングはより長期的で安定した傾向を反映しています。
•トレンドの把握:年間データを使用することで、その年の音楽シーン全体の傾向やトレンド、あるいはその年の世相をより明確に把握できます。
(イ) Beautiful Soup 4
データ収集の効率化と自動化を図るため、Python用のウェブスクレイピングライブラリであるBeautiful Soup 4を使用しました。Beautiful Soup 4を用いたウェブスクレイピングにより、Billboard Japan Hot 100のウェブサイトから以下の情報を効率的に収集しました:
•ヒットチャートの順位情報
•楽曲のタイトル
•アーティスト名
•カバーアートの画像URL
これらのデータを構造化された形式で取得することで、後続の分析プロセスをスムーズに進行させることが可能となりました。なお、ウェブスクレイピングを行う際は、対象ウェブサイトの利用規約を遵守し、サーバーに過度の負荷をかけないよう配慮しました。
3.分析手法
データ分析には以下のツール等を用いました。
(ア) EfficientNetV2 [Tan, M., 2021]
EfficientNetV2は、画像分類タスクにおいて高い精度と効率性を両立させたモデルです。本記事では、このモデルをカバーアートの特徴抽出に使用しました。
(イ) UMAP [McInnes, L., 2018]
UMAP(Uniform
Manifold Approximation and Projection)は、高次元データの可視化と次元削減に用いられる手法である。本記事では、EfficientNetV2で抽出された高次元の特徴ベクトルを2次元に削減し、カバーアートの視覚的特徴の分布を可視化するために使用しました。
4.結果
本研究では、Billboard Japan Hot 100の初年度である2008年から2023年までの16年間にわたるデータを収集しました。カバーアートが含まれていない楽曲を除外した結果、分析対象となったのは合計1,379曲でした。各年の楽曲数は図1の通りです。これらのカバーアートをEfficientNetV2とUMAPでクラスタリングすると、図2の通りとなりました。なおクラスタリング数は、シルエットスコアにより決定しました。
図 1 Number of Songs
図 2 Clustering with UMAP
クラスター0は図3のようなカバーアートの集合となり、年ごとの楽曲割合の推移は図4のようになりました。クラスター0は、白色を基調としたカバーアートが多く、2011年以降は20%前後を占めています。2011年以降、ミニマリズムやシンプルさが求められる風潮が広まり、これがカバーアートにも反映されたと考えられます。この傾向は、デジタル音楽配信が普及し、視覚的なインパクトを求める傾向が強まったこととも関連していると推測されます。
図 3 Cluster 0
図 4 Percentage of Cluster 1
一方、クラスター1の楽曲及びその割合は図5および図6のとおりです。クラスター1では、タイトルにアルファベットが使われている割合が高いです。楽曲割合はやや減少傾向にありましたが、ここ2年の割合は高まっています。Covid-19での行動制限解除に伴い海外との交流が再び活発化してきたことが一つの要因だと予想されます。
図 5 Cluster 1
図 6 Percentage of Cluster 1
クラスター2の楽曲及びその割合は図7および図8のとおりです。比較的暗い夜の写真やイラストを用いたカバーアートが多く、一時は人気に陰りが現れましたが、2023年になると急激に割合が増えました。Covid-19での行動制限解除に伴う夜間の活動量上昇が背景として考えられます。
図 7 Cluster 2
図 8 Percentage of Cluster 2
クラスター3の楽曲及びその割合は図9および図10の通りです。このクラスターの特徴としては、他のクラスターと比較して色が比較的明るいことが挙げられます。2021年には昨年比で非常に割合が高くなっており、Covid-19で社会全体として暗い雰囲気が漂うなか、せめて楽曲だけでも明るい曲を聞きたいという消費者の意識が働いた可能性があります。
図 9 Cluster 3
図 10 Percentage of Cluster 3
クラスター4の楽曲及びその割合は図11および図12に示したとおりです。このクラスターでは黒色がカバーアートに使用されている割合が高いですが、クラスター2との違いとしてはコントラストが比較的高い点が挙げられます。10年前と比較して近年の割合は高まっています。黒色は視覚的に強い印象を与える色であり、注目を集めやすいという特徴があります。特にデジタル配信が主流となった現代において、限られた画面の中で目を引き視聴してもらうために黒色を効果的に使用するケースが増えていると考えられます。
図 11 Cluster 4
図 12 Percentage of Cluster 4
5.考察
今回の試みにより、カバーアートを5つのクラスターに分類することができ、それぞれのクラスターに対して一定の特徴を見出すことができました。しかし、いくつかの課題が浮き彫りになりました。
•ヒットチャートの順位情報: 同じヒットチャートの中でも1位と100位では、流行度が異なります。しかし今回の分析ではその差異を考慮・反映する事ができていません。順位を重みとして考慮したクラスタリングアルゴリズムを用いるなどの手法が考えられます。
•データの不足: 16年分しかデータが存在しないため、10年単位での社会の変化を見ることができませんでした。より長期的なデータを取得することで、社会の変化とカバーアートの関係性についてより深い考察が可能になると考えられます。
参考文献
[Apple Inc. 2024] Apple Inc. (2024). カバーアート. Retrieved June 26, 2024, from
https://artists.apple.com/ja-jp/support/1120-cover-art
[平井 2020] 平井健斗, & 白井靖人. (2020). 言語解析ソフトウェアによる流行歌の歌詞とそこに反映される世相の分析. じんもんこん 2020 論文集,
2020, 209-214.
[Tan, M., 2021] Tan, M., & Le, Q.
(2021, July). Efficientnetv2: Smaller models and faster training. In
International conference on machine learning (pp. 10096-10106). PMLR.
[McInnes, L., 2018] McInnes, L., Healy, J.,
& Melville, J. (2018). Umap: Uniform manifold approximation and projection
for dimension reduction. arXiv preprint arXiv:1802.03426.